ペンションの三つ折チラシの表 制作時期不詳だが使用書体から見て1979年か
〔神話 1979年12月〕
〔神話 目次〕
〔神話 目次〕
〔神話 表四側〕
〔神話 82-3頁〕
〔神話 104-5頁 陳立彦〔ちん・りつげん〕は府川充男の筆名の一つ〕
〔神話 106-7頁〕
〔神話 108-9頁〕
〔神話 110-1頁〕
〔神話 112-3頁〕
〔神話 114-5頁〕
〔神話 116-7頁〕
〔神話 118-9頁〕
〔神話 120-1頁〕
〔神話 134-5頁〕
神話 奥附
〔同時代音楽 第2巻第1分冊 1979年10月 表紙デザイン羽良多平吉〕
同時代音楽 第2巻第1分冊 目次・扉
転居通知 1979年8月
沖縄に学ぶ 1979年8月
沖縄に学ぶ 表四側ジャケット
沖縄に学ぶ 表一側見返し
沖縄に学ぶ 表四側見返し
〔同時代音楽 書評 『ニュー・ミュージック・マガジン』1979年4月〕
同時代音楽 第1号 1979年3月
同時代音楽 第1号 表四側 斜めに配された欧文は第四インターナショナルの機関紙『Inter Continental Press.』より
同時代音楽 第1号 表一側見返し
同時代音楽 第1号 表四側見返し
同時代音楽 第1号 目次
同時代音楽 第1号 目次
同時代音楽 第1号 目次
同時代音楽 第1号 目次
同時代音楽 第1号 目次
同時代音楽 第1号 70-1頁
同時代音楽 第1号 72-3頁
同時代音楽 第1号 渡辺研二は府川充男の筆名
同時代音楽 第1号
同時代音楽 第1号
同時代音楽 第1号
同時代音楽 第1号 100-1頁
同時代音楽 第1号 102-3頁
同時代音楽 第1号 114-5頁
同時代音楽 第1号 116-7頁
同時代音楽 第1号 118-9頁
同時代音楽 第1号 120-1頁
同時代音楽 第1号 122-3頁
〔ブラック&ミュージック 第4号 1978年12月〕
〔ブラック&ミュージック 第4号 菅野英二名での執筆〕
〔ブラック&ミュージック 第4号 菅野英二名での執筆〕
ブラック&ミュージック 第4号 セラヴィ他各店の広告
ブラック&ミュージック 第4号 白夜夢譚舎・『音楽全書』広告
〔この頃の撮影か。新宿二丁目の「しぇらまい」が店開きする直前の時期と記憶する。後ろ右はソ連軍によって撃墜された大韓航空機に乗っていた「しぇらまい」店主の故・大坂徳氏。〕
〔この頃の撮影か。セラヴィ近くの立食い蕎麦屋の前にて〕
〔進路研究 1978年7-8月〕
〔ザ・ブルース29号 1978年7月〕
〔ザ・ブルース29号 目次〕
〔ザ・ブルース29号〕
〔ザ・ブルース29号〕
〔ザ・ブルース29号〕
〔ザ・ブルース29号〕
〔ザ・ブルース29号〕
〔進路研究 1978年6月〕
〔発行されなかった『音楽全書』第6号のための座談会 1977年12月 後に『同時代音楽』第1号に再録される〕 ※版元の意嚮により『ザ・一九八六』には採録されなかった pdfデータ
音楽全書 第5号 1977年10月
音楽全書 第5号 目次
音楽全書 第5号 目次
音楽全書 第5号 目次
〔音楽全書 第5号 98-9頁〕
〔音楽全書 第5号 100-1頁〕
〔音楽全書 第5号 102-3頁〕
〔音楽全書 第5号 178-9頁〕
〔音楽全書 第5号 180-1頁〕
〔音楽全書 第5号 182-3頁〕
〔音楽全書 第5号 184-5頁〕
〔音楽全書 第5号 188-9頁〕
〔音楽全書 第5号 190-1頁〕
〔音楽全書 第5号 192-3頁
〔音楽全書 第5号 194-5頁
〔音楽全書 第5号 216-7頁〕
〔音楽全書 第5号 218-9頁〕
〔音楽全書 第5号 220-1頁〕
〔音楽全書 第5号 222-3頁〕
〔音楽全書 第5号 224-5頁〕
〔音楽全書 第4号〕 1977年6月
〔音楽全書 第4号 146-7頁〕
〔音楽全書 第4号 148-9頁〕
〔音楽全書 第4号 154-5頁〕
〔音楽全書 第4号 156-7頁〕
〔音楽全書 第4号 158-9頁〕 ※「友人のT君」とは竹田賢一のこと
〔音楽全書 第4号 160-1頁〕
〔ブラック&ミュージック 第2号 1977年4月〕
〔ブラック&ミュージック 第2号〕
〔ブラック&ミュージック 第2号〕
〔ブラック&ミュージック 第2号〕
〔音楽全書 第3号〕 1977年2月
〔音楽全書 第3号 表紙二-1頁〕
〔この頃の撮影か。『音楽全書』のいわば策源地となった新宿三丁目の飲屋セラヴィの前にて〕
〔この頃の撮影か。新宿御苑にて〕
(音楽全書 第2号 1976年10月
音楽全書 第2号 目次 ※渋谷陽一と坂本龍一が並ぶという「奇観」
音楽全書 第2号 186-7頁 ※筆者名は「渋谷陽一」のみだが,実は原稿を受取って編輯部に帰る電車の棚に府川が置いた原稿をそのまま紛失, 仕方がないので一度読んだだけの原稿の復元を試みたが,八分の七ほどは復元し得たものの,残りの八分の一はどうしても思い出せず,仕方がないので“渋谷陽一に成りきって”府川が代筆してしまった 結局,同誌刊行後になっても渋谷陽一は全く気付かず「俺も結構良いことを書いているなあ」などと脳天気なことを言っていた
音楽全書 第2号 188-9頁 ※筆者名は「渋谷陽一」のみだが,実は原稿を受取って編輯部に帰る電車の棚に府川が置いた原稿をそのまま紛失, 仕方がないので一度読んだだけの原稿の復元を試みたが,八分の七ほどは復元し得たものの,残りの八分の一はどうしても思い出せず,仕方がないので“渋谷陽一に成りきって”府川が代筆してしまった 結局,同誌刊行後になっても渋谷陽一は全く気付かず「俺も結構良いことを書いているなあ」などと脳天気なことを言っていた
音楽全書 第2号 190-1頁
音楽全書 第2号 192-3頁
音楽全書 第2号 194-5頁
音楽全書 第2号 196-7頁
音楽全書 第2号 198-9頁
音楽全書 第2号 200-1頁
音楽全書 第2号 202-3頁
音楽全書 第2号 204-5頁
音楽全書 第2号 206-7頁
音楽全書 第2号 208-9頁
音楽全書 第2号 236-7頁
音楽全書 第2号 238-9頁 ※高校生・学生・「社会人」・「研究者」と身分が変ろうとも,論争の挑発がそのまま殴合いの喧嘩の挑発に直結しているのは変ることがない
音楽全書 第2号 242頁-表紙三
〔この頃の撮影か。『音楽全書』→『同時代音楽』のいわば策源地となった新宿三丁目外れの飲屋セラヴィの前にて〕
〔この頃の撮影か。『音楽全書』→『同時代音楽』のいわば策源地となった新宿三丁目外れの飲屋セラヴィの前にて〕
〔この頃の撮影か。『音楽全書』→『同時代音楽』のいわば策源地となった新宿三丁目外れの飲屋セラヴィの前にて〕
〔音楽全書 第1号 1976年7月〕
〔音楽全書 第1号 目次〕 ※阿部喬は府川充男の筆名
〔音楽全書 第1号〕
〔音楽全書 第1号 8-9頁〕
〔音楽全書 第1号 20-1頁〕
〔音楽全書 第1号 22-3頁〕
〔音楽全書 第1号 24-5頁〕
〔音楽全書 第1号 26-7頁〕
〔音楽全書 第1号 28-9頁〕
〔音楽全書 第1号 30-1頁〕
〔音楽全書 第1号 32-3頁〕
〔音楽全書 第1号 34-5頁 追悼平岡正明〕
〔音楽全書 第1号 36-7頁 追悼平岡正明〕
〔音楽全書 第1号 38-9頁 追悼平岡正明〕
〔音楽全書 第1号 40-1頁 追悼平岡正明〕
〔音楽全書 第1号 42-3頁〕
〔音楽全書 第1号 44-5頁〕
〔音楽全書 第1号 44-6頁〕
〔音楽全書 第1号 48-9頁〕
〔音楽全書 第1号 142-3頁〕
〔音楽全書 第1号 144-5頁〕
〔音楽全書 第1号 154-5頁〕
〔音楽全書 第1号 156-7頁〕
〔音楽全書 第1号 194-5頁 ※「ウェスト・コースと」「デトロイト」ともども単一のブルース・シーンのエリアとして括るには材料が尠な過ぎるため文字通り誌面の都合から両者を合体させてしまった〕
〔音楽全書 第1号 196-7頁〕
〔音楽全書 第1号 198-9頁〕
〔音楽全書 第1号 256頁-表紙三 編輯後記の「K」は磯山久美子〔往時海潮社の新入社員/後に『クロワッサン』などのフリー・ライターとなった〕,「S」は楠木繁樹〔ブルース・レコードのコレクターで往時セラヴィの従業員でもあった〕,「H」は角弘〈すみ・ひろし/往時海潮社の新入社員で『漫画エロジェニカ』担当者/実際の街誌編輯実務には殆ど関わらなかったはずだが何故か後記には執筆している/後の劇作家高取英〈月蝕歌劇団代表〉〉,「F」は府川充男 「KAY」は今となっては不詳〕
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